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検索結果:8637件(3151〜3180件を表示)
[(5486) 06151](ID:5831)
著(訳)者:
佐藤 尚美
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
大企業の女性管理者として働いていた筆者。糖尿病が原因で42歳で一夜にして突然の失明。「失明、即人生の終わり」と絶望し、7年間閉じこもったが、夫や娘の献身的な介助や励ましで社会復帰。いろいろな障害者の会や介護サービス会社を設立し、再び夢や希望を取り戻し、元気に生きている日常生活を綴ったエッセイ集。
[(5485) 06150](ID:5830)
著(訳)者:
鬼山 親芳
分類:
(04)研究・評論部門
内容紹介:
 歌人の石川啄木が晩年、社会主義に傾斜していくきっかけとなった人物、小国露堂の生涯を描いた。露堂の名は札幌時代の「啄木日記」に頻繁に登場し、一部の研究家にも知られるが、どのような人物かは分かっていなかった。新たな資料と数少ない関係者の証言から、経歴や思想遍歴・反権力の新聞人像を初めて明らかにした。
[(5484) 06146](ID:5826)
著(訳)者:
吉崎 浩
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
責任は誰が取るのか!?。主人公園田勝利の会社が手掛けた住宅の外壁工事が失敗した。これは園田の長男が担当した工事だ。長男をかくまい逃げ切ろうとする勝利。そしてその責任を無差別に他者へなすりつけようとする。しかしそんな独善的な言動が社会的に認められるはずがない。果たして勝利は息子を裁くことが出来るのか!?。
[(5483) 06145](ID:5825)
著(訳)者:
服部 真樹子
分類:
(03)B 文芸B部門
内容紹介:
私の喜びのみなもとには母がいる。そして悲しみのみなもとにも母がいる。母と過ごした十年間の喜びと悲しみの思い出の詞。「私は母がこの世に生きていたことを誇りに思い強く生きていきたい」本の表紙や挿絵には、追悼の気持ちを込め母が生前に描いて残したものを遣いました。多くの方へのメッセージとなれば幸いです。
[(5482) 06137](ID:5817)
著(訳)者:
東 フミ子
分類:
(05)グラフィック部門
内容紹介:
おばあちゃんって ステキでしょ。
ゆうたくんとおともだちになれたのは
みんなみんな
おばあちゃんのおかげよ。
[(5481) 06136](ID:5816)
著(訳)者:
成木 文
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
密室での独り言めいた分身との対話から、毎朝広場へ這い出るときの痛み。そして、外界からの来訪者との避けられぬ、もの憂い交渉。奇妙なキャラクターの登場にうんざりしながらも、実はそれらも己の中の様々な存在であることに気付いてくる。刻々と、伸びては縮む自我の限りない有り様にも、つい終末の気配がある。
[(5480) 06135](ID:5815)
著(訳)者:
大形順子
分類:
(03)B 文芸B部門
内容紹介:
2011年4月に満90歳を迎えた著者の第4句集。
89歳まで現役の眼科医として開業のかたわら、俳句・陶芸にも道を究めた著者が、あらたな出発を模索する中で紡ぎだした自然体の句とエッセイ。
伸びやかで自由、ハイカラで革新。細やかな感受性が微妙な季節のうつろいをキャッチしていく。
[(5479) 06134](ID:5814)
著(訳)者:
伴千明、伴年了
分類:
(05)グラフィック部門
内容紹介:
七十年前二人で撮った写真群!
レイテ湾に沈んだ弟、今まだ健全に生きる兄。
二人が写し撮った、人々と空間がなじみ合う風景。
そこには、昭和初期地域社会の厚みがある。
「弟の4倍以上も生き続け96歳になり、やっと私に初めて、家族や世間に見せても辛くない時が訪れました。」
[(5478) 06130](ID:5810)
著(訳)者:
成島 行雄
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
 本書は最初、栃木新聞社から『こんたりぼ』という題で出版した。内容は私の少年時代、私が生まれ育った日光山麓の一寒村を舞台に、昭和ヒトケタ時代の農村の少年たちの生活を描いたものである。現在では夢のような話であるが、わが国の原風景が、そこで育った子ども達の姿を通して、いきいきと描かれているはずである。
[(5477) 06124](ID:5804)
著(訳)者:
高橋 健男
分類:
(04)研究・評論部門
内容紹介:
松花部隊は軍資料が乏しく、幻とされる。本書は眼っていた公式文書の発掘により、編成1週間で武装解除、1ヵ月でシベリア抑留された短命臨時編成部隊の全貌を明らかにする。部隊は関東軍なき後の北満佳木斯(ジャムス)で、軍施設の焼却や邦人保護を任った。隊員は開拓団や義勇隊からの根こそぎ動員者で、一般邦人と避難を共にした。
[(5476) 06123](ID:5803)
著(訳)者:
松竹 秀雄
分類:
(01)地域文化部門
内容紹介:
 長崎のロシア村は、元治元年(1864年)に「ロシア通詞詰所」が設けられ、明治13年(1880年)のクレストフスキーの文に「ロシア語の看板、両替、小さいものを売る店、レストランのクロンシュタットとプレヴナ、ホテルニエヴ……稲佐とそのロシア村」とある。これらをひろく知って貰いたくまとめたもの。
[(5475) 06122](ID:5802)
著(訳)者:
本田 初美
分類:
(03)B 文芸B部門
内容紹介:
著者の第2詩集となります。この町に住んで67年、口に出せないこともたくさんあります。なので口ごもりながら書いた詩30編をまとめました。
 作品は2003年以降に書いたものです。
[(5474) 06116](ID:5796)
著(訳)者:
山口昌彦
分類:
(01)地域文化部門
内容紹介:
「理想は方法によって実現し得る。それに生きがいを感じて、明け暮れる日夜は楽しみの連続です」と、その理念と具体化の方法の探求に生涯を賭けた山岸巳代蔵の思想。没後50年、ヤマギシズム実顕地に25年所属した元参画者の著者が、最新資料を基にその人と思索を克明に辿った評伝。
[(5473) 06109](ID:5789)
著(訳)者:
飯田 公子 -嵐山光三郎・倉本聰氏他
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
東京・神楽坂の「龍公亭」に集うお客さまと主人との触れあいの中で生まれたエッセイ集。坂の中腹から見える神楽坂のまちの変貌と、人々の暮らしぶりを、明治・大正・昭和・平成と時代ごとにリレーされて伝えられた老舗の100年の記憶と32の珠玉エッセイから成る。
店の定点から見た”神楽坂物語り”でもある。
[(5472) 06108](ID:5788)
著(訳)者:
藤井 則彦
分類:
(03)B 文芸B部門
内容紹介:
2001年に定年を迎えたのを機に川柳を作り始めて以来10年間の作句の中から選んで年代順にまとめた川柳句集です。前半は朝日新聞(大阪本社版)の「朝日なにわ柳壇」の入選句108句で、後半は句会や川柳雑誌での入選約2000句の中から自選した200句です。ポコ・ア・ポコは「少しずつ」というイタリア語です。
[(5471) 06107](ID:5787)
著(訳)者:
生田 澄江
分類:
(04)研究・評論部門
内容紹介:
 1871年(明治4年)欧米視察の岩倉使節団と渡米した初の女子留学生の一人。大山捨松や津田梅子らは既に有名 。だが米国の大学ではピアノを学び、近代日本の西洋音楽導入期の音楽と英語の教師として尽力した彼女を知る人は少い。留学中に海軍士官と恋に落ち帰国後結婚、七人の子女を育てつゝ、その忙しい生涯をしなやかに生きた。
※購入・内容のお問い合わせは、メールか電話(03-3904-1855)でお願いします。

書名:かりそめ
[(5470) 06100](ID:5780)
著(訳)者:
路迷亭 三十七
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
 私の実家は名家であったが、ある日の父の事故を契機に、母以外の女性と昵懇だったことや、父は自身が勤める会社の連帯保証人になっていたその会社も実は既に倒産していた。退院後社長を捜すが裁判所からの差し押え通知により縊死する。無一文となって家族は人の温かさや家庭の大切さ、亡父の思い出等に涙する。
[(5469) 06093](ID:5773)
著(訳)者:
金沢 誠
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
 2010年2月に90歳で亡くなった母さだ子の介護の日々を、約1年1ヶ月分の「連絡ノート」に基づき時系列的にまとめたもの。巻頭には思い出のアルバムを、巻末には略歴や書き残したものなどを載せて、90年の足跡を追ってみた。そこには大正・昭和・平成の激動の時代を静かに駆け抜けていった一人の女性がいた。
[(5468) 06092](ID:5772)
著(訳)者:
長瀬 達郎
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
著者の祖父にあたる菅裸馬(本名:菅礼之助)は明治16年に秋田県に生まれ、東京高商(現一橋大学)を卒業し、俳人として俳句結社「同人」で青木月斗の後を継いで二代目主宰を務めた。他方、政財界でも戦後、石炭庁長官、東京電力会長、経団連評議会議長など歴任した。人との交流は政財界にとどまらず、相撲、芝居の世界と広く、また歌人源実朝の研究者としても実績を残した。
本書は生前の政財界で活躍した菅礼之助の足跡と、俳人としての菅裸馬の姿を辿り、特にその十七文字に込められた思いを蘇らせて... 続きを見る
[(5467) 06083](ID:5763)
著(訳)者:
鈴木 正二郎
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
 小学校教師38年間。新米教師1年目から校長として退職するまでに、書き留めた文・雑誌や研究誌に掲載された文・PTA新聞に書いた文・講演会や児童朝会で話した内容等をまとめたもの。38年間のうち肢体不自由養護学校16年と障害児教育担当指導主事3年の計19年(全教師生活の半分)の障害児教育に関する内容が主である。


[(5466) 06076](ID:5756)
著(訳)者:
夏坂 周司
分類:
(03)B 文芸B部門
内容紹介:
 妻をがんで失って沈んでいた頃に短歌を作ることを思いついた。はじめに襲ってくる喪失と寂寥感による悲しみ、次に襲う悔恨の思いと自責の念。それらを正直に短歌にしていった。絶望の淵からやがて自己再生への光が見えてきた7年目を節目に、それまで描き留めた歌を11のテーマに並べ替えて歌集にした。
[(5465) 06075](ID:5755)
著(訳)者:
宮本 好明
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
スピリチュアリティを探求することは、「非科学なこと」をでっち上げることではなく、「未科学なこと」を解明しようとするものであり、薬の研究から体と心の痛みは表裏一体であること、潜在意識の中に無尽蔵の叡智が埋もれていること、不可思議な現象の中に人間の本質が隠されていることを、科学的な視点から考察している。
[(5464) 06074](ID:5754)
著(訳)者:
夏坂 周司
分類:
(04)研究・評論部門
内容紹介:
長く高校の生物教育に携わってきて、教室から出て直に自然に触れた時の感動は新鮮だった。本著は1996年から2002年まで82回に亘って発行したミニコミを四季毎に再編集した自然誌である。主文はテーマに沿って趣意を述べ、副文はコラム的な内容とした。文中に登場する植物の植物画を2枚づつ配した。
[(5463) 06070](ID:5750)
著(訳)者:
村田 弘子
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
第1部 デビルとサタン  第2部 遠い日々のこと 信仰生活の証し12章 1章ギャップル 2章家族 3章マザーコンプレックス 4章今私に出来る事 5章臓器移植について 6章平和への道 7章何故多くの派に? 8章一本の道 9章ソクラテスと神様 10章ペットを飼う 11章霊よ安らかに 12章ドメスティックバイオレンス

[(5462) 06069](ID:5749)
著(訳)者:
近江 八千代
分類:
(03)A 文芸A部門
内容紹介:
著者は1978年から1980年まで2年間、ロスアンゼルス市郊外のパサディナ市で暮らした。帰国前の約1ヶ月間、アメリカ生まれの幼児を含め子供3人と夫婦によるボロ自動車でのアメリカ大陸横断(往復)旅行記である。昨年東日本大震災で夫は陸前高田市で被災、命以外のすべてを失った事が本作成のきっかけとなった。
[(5461) 06068](ID:5748)
著(訳)者:
西村 宏
分類:
(03)B 文芸B部門
内容紹介:
傘寿を迎え一念発起、師、先輩、同僚に」対する感謝と御恩返し。加えて自分自身の記録として活字に残したかった。代表句6句選びました。
 親の恩一言半句茄子の花  修道院閂堅く梅のぞく
 お雑煮や妻の味なり妣の味 緑陰に息整へる石一つ
 恙なく清貧に生き目刺焼く 五月闇島に一つの信号機
書名:白き百合
[(5460) 06065](ID:5745)
著(訳)者:
加藤 毅・加藤 朱美
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
 北陸の片田舎の高校教師と教え子との間に芽生えた恋の記録です。厳格な職業意識ですぐに恋に入れず、心に秘めたまま二年後の卒業を待ちました。卒業して心を打ち明け、自由に交際が出来るようになりましたが、彼女は大阪へ転居、以後四年間は文通による記録、その前後に夫々の「生い立ち」や「結婚後」にも触れている。
[(5459) 06064](ID:5744)
著(訳)者:
中川 和夫
分類:
(04)研究・評論部門
内容紹介:
1979年サウジアラビアのイスラームの聖地メッカで起きた反乱事件に遭遇した著者が、豊富な資料を検証しながら事件の真相に迫る一方、日本人には馴染みの薄いイスラーム教について、日常生活の習慣、中東の石油事情についても言及。この事件を通して、今日の中東・イスラーム世界について考える。
[(5458) 06061](ID:5741)
著(訳)者:
吉幸ゆたか、吉幸かおる
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
ハンセンの詩「歌はこうして生まれた」とCD村瀬信孝一周忌追悼「いのちの証 奪ったのはだれ」を組にして、ハンセン病元患者の人間回復、社会の差別・偏見をなくしていくための運動を全国に広げることを願って出版した。本「歌はこうして生まれた」経過など、CD全体を貫く叙事詩と魂の叫びは、元患者の真実の証言である。
[(5457) 06060](ID:5740)
著(訳)者:
上坂 豊、濱口 泰子(編集)
分類:
(02)個人誌部門
内容紹介:
 平成21年の父親の死後、遺品の中に発見した手記を娘が整理しまとめたものである。
 敗戦の色濃い昭和20年3月、下関から中国大陸に渡り、山西省?安の部隊に所属。終戦後に八路軍との戦闘などを経て、昭和21年5月に復員するまでを、末端の兵士の眼を通して克明に描いた従軍記である。

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